そこは、平穏な日常が続くどこかの世界。
単身者向けのマンションの一室で、黒髪の女性が遅めの朝食を食べ終わり、パソコンの電源を入れる。起動が完了すると、Discordが自動で立ち上がり、いつものサーバーに接続する。
サーバーのメインのボイスチャットには、すでに6人が入室している。女性も、パソコンの横に据え付けられたマイクの角度を整え、チャットに参加する。
「おはよう。……すまない、遅くなって」
そのサーバーは、Vtuberグループ『
しかし、それも今日までのことだ。昨日公開された動画のなかで、ツバメが自らの命と引き換えに空水彼方を倒したことでCelestiaは全滅、ということになった。最後までゲームの中に生きたCelestiaの7人は事実上の引退となり、7人を演じた演者たちもまた、今日、内々にボイスチャットで別れの言葉を言い合い、あとは解散する、ということになっていた。
誰かがためらいがちに口火を切る。
「じゃあ、みんな揃ったことだし、お別れの言葉でも……みんな、いままで本当にありがとう」
「私も、みんなに感謝したい! ありがとう!」
「……一番みなさんに感謝しないといけないのは、私です。……みなさんに、助けられてばかりで……」
「なによ、助け合ってきたのはお互い様じゃない。水臭いこと言わないでよ」
「感謝の言葉は言い尽くせません。しかし、悔いを残さずやってきたことはお互い確認の上です」
「そう、悔いを残さずやって、有終の美を飾ることが私たちには大事だったから。もう、言い残したことがある人はいないかな」
なにとはなく訪れた数秒の沈黙の後、誰かが答える。
「ひとつ、いい? 言い残したというか、気になっていること」
「なに?」
「私は、ずっと考えていた。なぜあの日、ニースたちのところに虹色の便箋が届いたのかって。なぜあの日以前には届かなくて、あの日に届いたのかって」
「どういうこと? 虹色の便箋が届いたのにはなにか理由があるってこと?」
「理由というか、あの便箋……
「彼女たちには自分がフィクションであるという認識があったから」
「そう。その認識は『自分たちの現実は唯一の取り換え不可能な現実であるから失いたくない』と考えるか否か……つまり死生観とも関わっていて。でも、あの日」
「彼女たちのところには
「届いた、ということは……彼女たちの認識、死生観には、あの頃変化があったんじゃないか、という推測を私はしている。可能性レベルの話だけど」
「……死生観の変化。……それはつまり、彼女たちはあの日、自分たちの現実を失いたくないと願っていた……ということでしょうか?」
「そう、ニースたちは……私たちの大切な相棒たちは、死にたくないと、彼女たちの人生を続けたいと、知らず知らず思い始めていたんじゃないか」
「だとしたら――」
「ねえ、みんな。Vtuberとしてまだやりたいこと、続けたいことがある人もこの中にいるんじゃないかな。そんなこと言うのは、一度終えた人生のくせして、恥ずかしいことではあるけれど……」
核心を突かれたような気がして、みな一様に押し黙る。
やがて、また誰かがしゃべり始める。
「……転生しよう」
「え?」
「別のVtuberとして転生しよう。もちろん、やりたい人だけで。もし望めるなら、またこの7人がいいけど……」
くすくすと笑い声が聞こえはじめる。あはは、というよりはっきりした笑い声が遅れて重なってくる。笑い声は次第に重なっていき、最後には7人全員の笑い声がボイスチャットにのっていた。
「そうだね、転生しよう」
「私も転生しますわ」
「……転生しましょう」
「あら、7人とも?」
「そうだね!」
「また新しいユニットとして、再出発だ」
「ユニットか。そしたら何か新しい名前を……ちょっと待って……うん。新しい、新しいユニット名は、新天地への希望を込めて『
遠からず、もとCelestiaだったどこかの誰かはArcadiaとして転生し、新たな人生を歩むことになる。
そこは、死の概念が微妙にバグっているどこかの世界。ひとは死んでも、転生してまたどこかで戦いを続けたり、続けなかったりする。
だから、またある異世界の言葉を借りるなら、こういうことだ。
さあ、コンティニュー!