Once Upon a Time in a Multiverse

1

「こんにちは、こんにちは! 本日も準備万端、計画通り、バーチャル美少女神官のニースです。みなさん、お元気でしたか?」

 

雲一つない青空の下、白茶けた砂地が広がっているだけのごくごく簡素な風景。そんな風景を背にして、眼鏡をかけた神官服の美少女が画面に向けて手を振っている。彼女の青っぽい髪はトップでポニーテールにまとめられていて、彼女が手を振るのにあわせて少し揺れる。親しげな口調としぐさの割に、彼女の表情は真顔のままだ。

 

「本日は雑談配信ということで。事前に予告していた通り、うん、“計画通り”、に! 現在19時00分から19時30分まで、最近あったことのお話とか、視聴者さんからの質問に答えたりとか、していきたいと思います。ちょっと短めの配信にはなるけど、ぜひ最後までよろしくお願いします! では、まずは雑談というか、この前のツグミと軍人将棋をやった配信、覚えてますか? あの配信後にちょっと面白いことがあって……」

 

彼女は控えめな身振り手振りを交えながら、友人であるツグミとともに先週経験したちょっとしたエピソードを話し始める。ツグミがインターネット対戦のボードゲームにハマり、パソコン画面上でプレイするのには飽き足らなくなって実際のボードをネット通販で購入したのだがそのボードはツグミが想像していた二倍以上の大きさで……といった他愛のない話。他愛のない話ではあっても、彼女が配信外でも友人と当たり前に日々を過ごしていることは視聴者達に興味深いことらしく、数え切れないコメントが飛んでくる。

 

――ツグミちゃん災難
――めっちゃハマっとるやん
――ニースは盤のサイズ知ってただろ教えたれや
――ツグミちゃんぽい
――仲良さそうで何より

 

ニースが話し続けながらコメント欄を流し見ると、彼女が『こんなコメントが来るだろう』と事前に予期していた内容のコメントがちょうど目に入る。さも偶然みつけたコメントを拾うように、自然に話題を進めていく。

 

「……あ、『教えたれや』ですか? いや、たしかに私ボード持ってるんで、ツグミ、ボードの大きさ勘違いしてるなって薄々勘づいてはいたんですよね。でも私、ついいたずら心がはたらいて……」

 

彼女がコメントを拾って話題を進めると、またその話題に対してコメントが飛んでくる。そんなコメントのなかには、またも彼女が予期していた内容のコメントがあり、彼女はそのコメントを拾って話題を進めていく。すべての話題とその展開は、ニースが事前に考えておいた台本――十数本のパターンに分岐しているものだが――におおむね沿ったものだった。しかし、視聴者にはありふれて無計画な、かざらない“雑談”にみえている。ニースは内心ほくそ笑む……よしよし、今日も計画通り。

 

AIたちが彷徨する電脳世界や、魔法使いたちが跳梁する中世風ファンタジー、あるいは美少女たちが跋扈する高校。どこかで見たことのある・聞いたことのある異世界から、動画を配信する人びとというのがいる。ある世界では、そんな人びとはVtuberと呼ばれていて、この美少女神官のニースもそのVtuberの一人だ。

彼女は、7人の美少女魔法使いによるVtuberユニットであるCelestiaセレスティアの一人だ。Celestiaはビデオゲーム、テーブルゲーム、パーティーゲームを含めた幅広いゲームをプレイしたり紹介したりする配信企画をウリにしたユニットであり、そのなかでニースは主にTRPGリプレイの配信を頻繫に行うことを特色にしていた。

Celestiaは5年ほど前のデビューから途切れることなく活動を続けてきており、その活動実績に伴って人気も順調に伸ばしていた。いまでは、Vtuberのトップ20にも名を連ねるかもしれない、という程の人気を博していた彼女たちだったが、はたしてそんな日々も終わろうとしていた。

 

「……雑談はもうこんなものでいいですか? いえ今日はね、視聴者からの質問コーナーもやるって予告していましたから。そろそろ質問も受け付けていこうかなと。コメント欄から直接ぶつけていただいて」

 

――やっぱり解散するの?
――セレスティアのなかで誰かソロで残ったりしないの
――残ってほしい
――本人たちが決めることだろうから……
――解散? 引退?

 

「はい、やっぱり最初はその話題になりますよね。解散はね、これは申し訳ないですが、7人で話し合って決めたので、解散はしますし、全員引退です。時期はまだ……時期はまだかっちりとは決めてないですけど、だいたい2か月後を目処にしてますが、プラスマイナス2ヶ月はありうるかも、ですね」

 

数日前、彼女たちCelestiaは、近いうちにに解散及び全員引退する予定であると発表したばかりだった。

もちろん、人気を伸ばし続けていた彼女たちの突然の引退表明ともなると、いったいどんな事情があって引退しようというのか、その理由をあれやこれやと憶測する噂がファンの間では飛び交うことになった。経済事情の悪化とか、メンバー間の不仲とか、暗い理由を想定する噂も多い。しかし実際のところ、引退というのは、彼女たちにとってはごく自然な選択肢であり、7人全員が望んで出した結論だった。

 

「なんでですかってSNSでもやっぱり訊かれてるんですけど、これは単純に、7人とも自分の目標を達成したからっていう理由だし、それ以外にないですね。ご存知の視聴者さんもいますよね、私たち7人は全員、チャンネルを開設するときに各自目標を立てました……『個人チャンネルの登録者100万人』とか、『平均再生数を50万回以上にする』とか、『KSDのレートで週間1位獲る』とか……。7人とも目標はバラバラでしたけど、Celestiaとして達成するって決めて、7人とも無事達成したので、ダラダラ続けるいわれはないわけです」

 

――マジ?

 

「マジです。配信はじめる前に考えてた目標は達成したので、あとはやることはないです。ただ、私たちのことを応援してくれる視聴者さんがこれだけ集まってくれる、みたいなことは、目標を立てた頃には想像もしてなかったことではあります。だから……だからなのか、わからないですけど、引退直前の配信はとことん視聴者さんたちのための企画をなにかしら用意しようと思っています」

 

――なに?
――うれしい
――おお
――期待

 

「まだぜんぜん検討中なんですけど、Artisanアーチザンのうるふ老師にいつもみたいに面白い企画を練ってもらう予定でいるので、乞うご期待、ということで……おや、もうこんな時間? もっと色々話す気だったのに……」

 

これは噓だ。すべてのアドリブも、コメントも、ニースが用意した台本を逸脱するものではなかった。

 

「ではでは、この枠はこのへんで。お疲れ様です」

 

エンディングテーマが流れ、画面がフェードアウトしていく。音と映像が完全に消えると同時に配信枠が終了、ここまでぴったり30分00秒00。ニースのチャンネルの動画は、たいていキリのいい時間に終了する。これはCelestiaきっての変人であるニースの異様なこだわりによるものであった。

 

2

その日も予定通りに配信を終えたニースは、満足げに鼻を鳴らしながら、しかし顔は真顔のまま、表面に刻まれたルーンをタップして配信用モノリスの励起状態を終了させる。

どうも、ニースが配信で視聴者を介して伝え聞くところによれば、彼女たち愛用の配信用モノリスのはたらきは、視聴者たちの世界で言う“パソコン”と実によく似ている。それで、ニースが視聴者たちに対してモノリスのはたらきを説明すればするほど、視聴者にとってはへたくそなギャグに聞こえるのだという。そんな偶然の一致を知って、最初こそニースも面食らったが、やがてそこまで不思議なことでもないと思うようになった。ニースが学生時代に講義を受けた『想像力制限公理』やら『間世界対称律』やらを思い起こせば、およそ異世界というものがわれわれ凡人にも容易に想像できる事物で占められていたとしても不思議はない。

より驚くべきは、およそ想像しえない突飛な事物を創造する才能よりも、誰にでも想像できるモチーフの組み合わせで奇妙な状況を作り出す才能のほうにあるのだ。ニースはそんなことを思いながら、モノリスの脇のマホガニー製サイドテーブルから一巻の書類を取り上げる。書類は、先日うるふ老師からCelestiaの7人に向けて送られてきた引退企画の企画書である。羊皮紙1巻に10種類の企画案の概要がそれぞれ大雑把に書かれているだけの、企画書としてはかなり簡単なもの、あくまで初期案にすぎないものであったが、この初期案を読んで7人は大いに笑ったものだった。7人の間で軽く感想を共有したとき、とくに話題に上ったのは、バックストーリーばかり異様に詳細に述べられているある企画案……ここから遠く離れたとある電脳世界に、銀髪紅眼の美少女インベーダーが突然現れて世界全体に対して宣戦布告し、体術・電子兵器・銃火器・魔法などなどを総動員して実力者を次々に倒し、ついには世界ごと滅ぼして、次にはCelestiaが暮らす天上界セレスティアルワールドの崩壊をもくろむ、はたしてCelestiaの7人はこのインベーダーを止められるのか?『最終章・Celestia死闘篇』とかいう企画案だった。うるふ老師がこんな企画案をふざけて書いているのか大真面目に書いているかはCelestiaの誰にもわかりはしなかったが、はたして7人の好みに合致したシナリオではあった。視聴者のため、華々しい引退企画を演出しようというのであれば、バトル路線というのは悪くない選択肢ではあるのだ。

 

まあ、10個の案のうちどの企画にするにせよ、すべては7人で時間をかけて話し合って決めること、じっくり決めていこう。そんなことを思いながら、ニースは企画書をサイドテーブルに戻そうと手を伸ばしたのだが。

手を伸ばした先のサイドテーブルには、ニースが置いた覚えのない奇妙な封筒がのっかっていた。それは、ゆっくりと色を遷移させていく虹色で全面が染められた封筒。それは、開封されるのを待っているかのような、いや、開封される未来がすでに決定されているかのような、異様な存在感を放つ封筒。

その存在感の異様さに一抹の不安を覚えながらも、しかし開封する以外の道など選べないニースは、企画書を床にうっちゃって封筒をサイドテーブルから取り上げ、開封した。なかにはこれまた虹色の便箋が入っていて、この便箋にはただ一文が書かれていた。

 

『世界指標を賭けたゲームに招待します。』

 

ニースは自分でもなにか分からない理由で、この一文に困惑した。

一文の意味が分からなかったからではない。この一文が意味するところははっきりとわかっている。

むしろ、この一文の意味がわかってしまうというところに、彼女の困惑の理由があるように彼女には思われた。彼女は考える、自分はいったい何に困惑しているのか?

 

考える彼女をよそに、モノリスが自動的に励起状態に入り、天上界のどこかで誰かがゲリラで配信枠を取得したことを知らせてくる。続けて、モノリスは自動でその配信を視聴し始める。

そして、すぐにニースは驚くことになる。

 

3

天井も壁も床すらも見えない、上下左右前後どちらを向いても真っ白な空間。銀髪紅眼の美少女は、彼女自身も気づかないうちにそんな空間に立っていた。

それは彼女にとって驚くべきことではなかった。彼女はそこがどこなのか知らなかったが、しかし自分が何のために、どうやってそこまで来たかはよくわかっていた。彼女はいつでも、自分が何のために、どうやって目的地に到達するのかをよくわかっていた。

 

彼女があたりをうかがうと、真っ白な空間のなかにぽつりと、大小一組の岩塊が置かれているのを見つけた。大きさは、小さい方は膝より少し高い程度、大きい方は胸より少し高い程度だろうか。形は、大雑把にみれば縦長の直方体といったところだが、ちょうど腰かけたり肘をついたりするのにちょうどいい張り出しが両方の岩から伸びている。表面は手馴染みよく磨かれており、あちらこちらにルーンらしきものが刻まれてもいるため、加工品であることは間違いない。モノリスとでも呼ぶべきか。

このモノリスはいったい何なのか? 彼女には見当もつかなかったが、しかしためらうこともなく小さいほうのモノリスに腰掛け、大きいほうのモノリスの表面をなんとなく指でなぞる。すると、モノリスの向かって正面、A3用紙ほどのサイズの長方形の領域が青く光り、長方形の左上になにやら意図不明なアイコンが10個ほど並んで映し出される。

 

「なんだ、霊石でできた魔法パソコンとでもいったところか? こんどの世界はいよいよ想像力が貧弱だな」

 

独り言をいいながら、彼女は上から順にアイコンをタッチしては機能を探っていく。それぞれのアイコンをタッチすると、画面の一部に小窓が開いてなにやら奇妙な図表や解読不能な文字列が表示されるが、意味までは彼女にはわからない。一番下のアイコンをタッチしたとき、はじめて、そこまで意味不明ではないものが映し出された。

 

「鏡……?」

 

ほとんど画面いっぱいに開いた窓に、いぶかしみながらモノリスを操作する彼女の上半身が映し出されている。

彼女は、自分の上半身を眺めながら、はたしてこれは何なのかと思案する。やがて、画面右下に、初めて彼女の理解できる文字列が表示された。慣れ親しんだ日本語の文。

 

――ひょっとして、デビュー配信ですか?

 

「それは私への質問か?」

 

――あなたしかいませんよね? あなたが取得した枠?

 

「見る限りここには私しかいない。ここが私の所有物かはわからない。そして、デビュー配信というのが何を指しているのかをはかりかねる」

 

――??? 枠使ってしゃべるの初めてですか?

 

「ここでしゃべることか? おそらく初めてだ」

 

――じゃあやっぱりデビュー動画?
――やった、初動画の初コメとった!
――まだ視聴者1人ですね、俺だけですよね

 

「1人?」

 

見ると、画面の左下には『1』の数字が表示されていた。見ていると、数字が2、3、5ととびとびに増えていく。文字列も急に増加する。

 

――誰のゲリラ配信?
――デビューらしい
――デビュー?
――なんかしゃべって

 

「私が今喋っている相手の人数を表示しているのか? いや、答えなくていい。それよりまずは訊きたい、電脳世界に私とそっくり同じ見た目をしたインベーダーが現れて、3日でその世界全体を滅ぼす、というようなストーリーに聞き覚えはないか」

 

――あなたとキャラデザがそっくり同じフィクションってこと?

 

「おそらくそういうことだ」

 

――これがデビューなら、そっくり同じはあり得ないんじゃない?

 

「は? まあいい、この質問は後にしよう。ときに、この世界は何という名前だ?」

 

――天上界

 

「天上界。ならば、この天上界で最も強い存在――例えば神のような存在――はなにかいるか」

 

――設定ではツグミちゃんが最強
――ツバメちゃんじゃなかったっけ?
――リアルファイト最強ならレイでしょ
――Vにおける最強とは(哲学)

 

「ツグミがいるのか?」

 

――いや誰が強いかはまじでどこで戦うかによる
――7人ともそれぞれ自分のチャンネルでは最強になる
――アドミンスキルありなら7人とも神レベル

 

「話があまり見えないが、7人くらい実力者がいて、それぞれが所有しているチャンネルの中ではアドミンスキルとかいう神のような権能を発揮するということか?」

 

――そうでしょ
――そう 7人それぞれのチャンネルを合わせて天上界
――ていうかあなたも同じでは? 第8のチャンネル

 

話している間にも、数字は100、1000ととびとびに増え続けている。その数字をあらためて目にしたとき、彼女は初めて自分の置かれた状況を理解した。彼女はひとりのVtuberとしてVtuberの世界に突如ポップしていたのだ。

 

「なるほど、これは私のデビュー配信か……」

 

そのとき、彼女は背後に突如なんらかの気配を感じ、振り向く。さっきまで彼女一人きりだった空間に、彼女とは違って、色とりどりの髪をした7人の美少女が現れていた。7人の真ん中にいた黒髪の美少女――彼女はこの美少女が“ツグミ”という名前だと知っていた――が口を開く。

 

「私たちに挨拶もなしに勝手にデビュー配信とは、いただけませんね、新人さん」

 

4

銀髪紅眼の少女がCelestiaの7人と真っ白な空間のなかで相対する。
アリアがツグミの言葉の後を続ける。

 

「勝手にデビュー配信するなんて、ほんとありえない。あんた、うるふ老師が書いてた企画書に出てくる美少女インベーダーでしょ? あの案は面白かったけど、あの案で行くって、まだ私たち決定してなんかないし。せめてひと声かけてからはじめるくらいできなかったの?」

 

初対面にしてはやや距離の近い印象のあるアリアの非難に対しても、彼女は平静を崩すことなく返答する。

 

「申し訳ないが私は事前に挨拶をできる状況になかった。挨拶はできなくとも、事前に虹色の便箋が届いていれば話が早かったかもしれないが、あいにくあれは私自身の意志で狙った世界に届けることができない」

「これのことですか?」

 

ニースが先ほど手にしたばかりの虹色の便箋を取り出して彼女に見せる。

 

「届いていたのか」

「7人とも、今さっき受け取りました」

 

ニース以外の6人が首肯する。

 

「なら話が早い。理解しているだろう、私がこの世界を滅ぼしに来たことは●●●●●●●●●●●●●●●●

「理解してるけど、納得できないよね●●●●●●●●! 私たちが決める前に勝手に始めるなんて言うのは! うるふ老師の指示で始めちゃった?」

 

今度はレイが、いつも通りの笑顔のままで、しかし語尾にはいらだちをにじませながら応える。

 

「私は誰の指示も受けていない」

「じゃあキミは、キミを創造した老師の意志に逆らって好き勝手なことしようって?」

「そういうことになるのかもしれない。が、この世界での私を誰が生み出したのであれ、私がその人物に忖度すべき理由にはならない」

「話の分からないやつ!」

 

いいようのない苛立ちと困惑から、7人は自然と口をつぐんだ。世界や人びとが持っているそれぞれの事情・文脈等々をまるで意に介さずに侵入してくる、文字通りの異物、インベーダーを前にして、7人が苛立ちと困惑を感じるのは自然なことだった。しかし7人と相対している彼女の側にはやはり、そんな沈黙を何十秒も許すだけの理由もない。

 

「……話を続けていいか? 便箋を受け取ったなら分かっているだろうが、これは世界の存亡をかけたゲームだ。たいていの場合は殺し合いという形式をとる。私は君ら全員を殺してからこの世界を滅ぼしてフィクションにしようとするし、君らは私を止めるためには私を殺すしかない」

「滅ぼして、フィクションにする?」

「そのままの意味だ。私が無事君らの世界を滅ぼせば、君らの人生も、友人も、社会も何もかも、どこかの異世界で誰かが考えた妄想に過ぎないということになる。それが嫌なら勝つしかない、ゲームとして」

「ゲームを拒否したらどうなりますか? 私たちが、無抵抗で殺されるなり自死するなりして戦いを回避しようとしたら?」

 

ニースが質問を加える。声はわずかに震えている。

 

「私の行動は変わらない。君ら全員を殺してすみやかにこの世界を後にする。そのあとは、この天上界がフィクションだとされているどこか別の異世界に転移するだろう」

「逃げ道はないみたいですね……」

 

何かをあきらめるようにニースが目を伏せ、次いでツグミに視線を送る。ツグミは、ニースからアリア、レイ、パリラ、レンラーラ、ツバメと順番に目をあわせ、最後に小さく頷く。

瞬間、7人が一斉に襲いかかる。敵は言うまでもなく、銀髪紅眼のインベーダー。
ツバメは敵に誰よりも早く接近し、足払いをかけにいく。レンラーラとパリラは人差し指を真っ直ぐ敵に向け、呪詛ガンド撃ちのごく短い呪文を詠唱する。レイは、敵がツグミの足払いで体勢を崩すことを見越して、下腹部をめがけ右こぶしを思い切り振りかぶる。アリアとニースはどこからともなく弓を取り出し、ツバメとレイを射線から外しながら敵を狙う。そしてツグミがいつの間にか手にしていた杖を小さいモノリスに向けて、急激な浮遊魔法をかける。

ツグミには、わずか1秒ほどの間に6つの攻撃が続けざまにヒットし、最後に、放物線を描いて落下してきたモノリスが敵を押しつぶして永久に封印するまでの、その正確なタイムラインがイメージできている……。

しかし1秒後、ツグミは……ツグミを含めた7人は、それぞれに反撃を受け、真っ白な地面に転がされていた。ツバメに至っては、敵に踏みつけられてさえいた。一発の攻撃も敵に当たってはいない。敵は講評を述べ始める。

 

「殺るときめたら、何も言わずに襲いかかる、これはいい心がけだ。しかし君らの場合、あまりにも準備期間が足りていなかったようだ。ツバメの足払いは早かったが避けられないほどのものでは全くなく、逆に踏んで足場にすることすらできた。レンラーラとパリラの呪詛撃ちは詠唱を行っている時点で遅すぎる。術者自身に向けて呪詛が暴発するように途中に別の呪文を混ぜるのも容易だ。レイの攻撃は大振りに過ぎたから、逆に私がレイの勢いを利用して投げ飛ばせばいい。アリアとニースだが、弓を構えているのが私からもはっきりと見えるのがよくない。矢は2本とも掴んで投げ返せる。そしてツグミ。こんな椅子●●程度の重さを自由落下させたところで大した威力は出ない。せめてのほうを落とすんだったな」

 

肝心の大きいモノリス――彼女が机と呼んだそれ――は、彼女が放った浮遊魔法によって、逆V字の軌道を描いて空中からツグミの目前へと落下していた。ツグミは7人の中で唯一、いかなる物理的・魔術的ダメージも受けてはいなかったが、目前にモノリスが落下してきたショックだけで、ツグミが腰を抜かすには十分だった。

地に伏したままで、ニースが問う。

 

「あなたは私たちの名前を知っているんですか?」

「君らそのもののことを知っているわけではない。君らによく似た……君らと同じ名前だと確信を持てるくらいにはよく似た者たちのことを、私は知っている」

「そういう人たちのなかで、私たちは強いほうですか?」

「正直なところ、あまり強くないほうだ。私も残念に思っている。しかし、さっき希望が持てる話も見聞きした」

「希望?」

「ああ。君らは、自分で所有するチャンネルの中では特別な能力を使うことができて、神のようにふるまうらしいな。その神のごとき状態の君らと、私は戦おう。準備期間もやる、最短1日間、最長7日間だ。明日から1日1人ずつ、私がそれぞれの所有するチャンネルに出向いて殺していく。私が君らを全員殺すことができたら私の勝ちだし、君らのうち誰かが私を殺すことができればそれで君らの勝ちだ。戦う順番はそちらで決めてもらって構わない。それでいいか? 戦う気はまだあるだろうな?」

 

誰も答えない。

 

「いや、君らはすでに、自分で戦うことを選んだはずだったな。戦う気があるかなどと、訊くべきではなかった。さあ、デビュー配信は終わりだ。私は明日からの戦いを楽しみに待つ」

 

彼女はどこかへ歩き去ろうとする。ツグミの目の前ではモノリスがまだ配信を続行していて、コメント欄は高速でスクロールし続けていた。

アリアが絞り出すように言った。

 

「初配信でしょ、自己紹介くらいしていきなさいよ」

「なるほど、すまない。私の時代ではこれほど素朴なスタイルのVtuberは絶えて久しいんだ、ここでのマナーはすっかり失念していた。自己紹介しよう、君らに……観客にも。私の名前は空水ソラミズ彼方カナタ。この世界を滅ぼしに来た」